40度の発熱の中でゆがんでいく世界
先日、突然40度の発熱に数日またいで2回見舞われました。
2回目に発熱した翌日、病院で診てもらってもコロナやインフルエンザではないでしょうと言われました。 原因がわからないまま、身体だけが燃えるように熱を発していた事実は、思った以上に影響をあたえました。
突如として激しい悪寒に見舞われ、その後身体の奥から沸騰していくような感覚でした。
頭痛も「ズキズキする」という表現では足りず、 脳が膨張して頭蓋骨を内側から押し広げているような圧迫感が続きました。
目を閉じても、まぶたの裏側が熱でじんじんと痛み、 暗闇の中に赤いノイズが走るような感覚があります。 脈はバクバクで、眠りに落ちる前の“ふわっとした感覚”がまったく訪れず、 ただ熱の波が身体の中を荒れ狂うように押し寄せてくるだけでした。
呼吸も浅くなり、深く吸おうとしても胸が重く、 肺の奥まで空気が届かないような息苦しさが続きます。
横になっているのに、身体の内部だけがずっと動き続けているようで、 その動きが止まる気配はありませんでした。
そんな状態の中で、奥さんと娘の声が聞こえてきました。
普段であれば生活音が気になることはありません。 しかし、この夜ばかりは違いました。 熱で感覚が過敏になっていたせいか、 小さな声でも頭の奥に響き、痛みと混ざり合ってしまうのです。
「眠りたいのに眠れない」 その事実だけで、体力より先に精神が削られていく感覚がありました。
2LDKの家で家族3人で暮らしているため、距離が近く、生活音も近く感じます。 普段はその距離感が温かいのですが、 この夜だけは“逃げ場のなさ”として重くのしかかりました。
熱がピークに達した頃、ふと気づきました。 自分が自分を俯瞰しているのです。
身体は苦しんでいるのに、心のどこかが妙に冷静で、 「これが人間の究極の世界か」などと中二病の様なワードが次々と頭に浮かび、観察しているような感覚がありました。
視界はぼやけているのに、 そのぼやけた世界を見つめているもう一人の自分がいる。 身体の感覚は荒れているのに、 心の奥は静かで、落ち着いている。
40度の熱は、ただの体調不良ではなく、 自分の内側を外側から見つめるという奇妙な体験をもたらしました。
朝になり、熱が少し下がりました。 身体はまだ重く、頭痛も残っていましたが、 あの夜の感覚ははっきりと記憶に残っていました。
家族の生活音に囲まれながら、 自分の身体と心の限界を静かに見つめた時間。
しんどい夜でしたが、 忘れられない一晩となりました。
水内